twin studies 2

遺伝する犯罪性 〜双子実験〜 (上)



1. 犯罪と遺伝

「犯罪」という現象には様々な要素がある。政策・社会情勢・治安・家庭の状況・個人的な確執など、犯罪に影響を与えると考えられている要素は数え始めるとキリがない。しかしその中でもこれからの警察・司法にとって最も重要な心理的トピックの一つは「遺伝」だろう。罪を犯す何らかの傾向が親から子へ遺伝するのならば、生まれながらにして犯罪を犯す確率が高い人、いわば「潜在犯」が客観的に識別できるということになる。もちろん、そのような人々をあらかじめ収容するという考えが、ナチスドイツのユダヤ人に対する態度につながることは容易に想像できる。しかし、ひとたび個人の犯罪性が特定できてしまったとあれば、あらかじめ犯罪性が高い人間が分かっていながら放置するべきか、という公共性の問題が出現する。このような議論は、自由意志を基本とした法の下の平等という、自由主義や法治国家の根幹をなす考え方を揺るがしかねない。すでに一部では、被告人の遺伝子が刑事裁判の判決に影響を与えた例も出ている(これはまた別の記事で紹介しようと思う)。本講では、「犯罪性は遺伝するのか」、という問いに対する答えを得るために実施されてきた最もポピュラーな実験の一つ、『双子実験』とその結果を紹介しよう。

2. 双子実験とは?

双子実験の歴史は古い。ワトソンとクリックがはじめて遺伝子の二重らせん構造を報告したのは1953年だが、ドイツを中心としたヨーロッパ諸国では1930年代から双子実験の記録が残されている。なぜなら双子実験とは遺伝子の厳密な構造そのものに関わる実験ではなく、親子の間に形質の類似性があるかということをテーマにした実験だからだ。つまりメンデルが遺伝性を確かめるために親子でマメの花の色やタネの形を比較したのと同じように、人間の親子で犯罪傾向という形質を比較しようというものだと考えればイメージがつきやすい。それでは、具体的な実験内容はどのようなものなのか。ここでは代表的な3つの実験方法を見ていくこととしよう。

(戦前のドイツにおける実験といっても、かの悪名高きヨーゼフ・メンゲレによる人体実験のようなものではないことは一言ことわっておく。)

3. 双子実験:Classical Twin Studies

まずは、双子実験におけるキーワードを紹介しておこう。実験で最も重要な要素の一つが双子の持つ遺伝子の性質だ。一般的に双子の兄弟・姉妹には、一卵性双生児 (Monozygotic Twin) と二卵性双生児 (Dizygotic Twin) とが存在する。一卵性双子は一つの卵子から発生しているため、遺伝子を100%共有している。これに対し、異なる二つの卵子から発生するDZ 双子は、平均して遺伝子を50%ほど共有することが知られている。当然、遺伝子の共有率が高ければ高いほど、より似通った形質が観察されるはずだ。あらゆる双子に生まれつき決まっているこの遺伝子の共有率が、双子実験のカギとなる。

最も初期に行われた双子実験は、双子が持っている遺伝子の割合が一定であることに注目して構想・設計された。旧型の双子実験(Classical Twin Studies)に分類される実験では、少し乱暴ではあるが、「双子が育った環境は同じか、同じとして近似できる」と仮定される。すなわちこの実験では、同じ家庭で育てられた双子の場合、家庭環境や住環境、教育などをふくむ全般的な生育環境が家庭内で大きく異ならないという前提をおくのだ。その上で、各双子ペアの「犯罪性の一致率」”Criminal Concordance” を比較するのが実験の趣旨となる。

実験の論理を整理すると以下の通りになる:
前提1:遺伝子の共有率はペアごとに一定、双子が置かれる環境も同じ
前提2:一卵性双子の方が二卵性双子よりも遺伝率が高い
仮説 :二卵性双子よりも一卵性双子の方が犯罪性の一致率が高い

1920年代、ドイツにおいてヨハネス・ランゲが実験を行ってから現在にいたるまで、長きにわたってこの形式の実証実験が行われてきた。日本の研究者による例としては、吉益(1961)による実験がなど代表として挙げられる。その中でも信用性が高いとされる実験は、ケンドラーら(2015)による実験である。研究チームはスウェーデンの国営双子データベースに登録された合計21,603組のペアを対象にして、公的機関に記録された窃盗・傷害・知能犯罪などの犯罪歴を比較した。その結果、二卵性双子よりも一卵性双子の犯罪性の一致率は強く確認された。またモデル化の結果、人間の犯罪性の遺伝率はおよそ45%との推定が算出された。実験の仮説をまずまずサポートする綺麗な結果である。ケンドラーの研究チーム同様、他の数多くの双子実験が当初の仮説を裏付ける結果をもたらした。どうやら、犯罪傾向は遺伝するらしい・・・?

しかしながらこの実験の結果には、論文によって少なからずばらつきが見られたのも事実である。一卵性双子の間では犯罪傾向が100%共有されると報告した者がいた一方で、遺伝率は統計的に確かであるが約20%にとどまるとする報告もあった。そもそも、双子が同じ環境で育ったという前提条件には粗さが指摘されて当然であろう。これを受けて双子実験は新たな手法を開発することになる。

本記事では紙幅の都合上ここまでとして、続きのトピックである養子縁組実験およびメタ分析は次回の記事に持ち越すこととします。以下にリンクを貼っておきますので、ぜひご覧ください!

遺伝する犯罪性 〜双子実験〜 (下)

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▶︎参考文献

  • Kendler, K. S., Maes, H. H., Lönn, S. L., Morris, N. A., Lichtenstein, P., Sundquist, J., & Sundquist, K. (2015). A Swedish national twin study of criminal behavior and its violent, white-collar and property subtypes. Psychological medicine, 45(11), 2253-2262.
  • Yoshimasu, S. (1961). The criminological significance of the family in the light of the studies of criminal twins. Acta Criminologiae et Medicinae Legalis Japanica, 27, 117-141.
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