心理犯罪学講座

開講!『心理犯罪学入門』!

1. はじめに、犯罪学について少し

犯罪は、「ポリス的動物」である人間社会の最も基本的な現象の一つであると言えるでしょう。人が集まって暮らすとなれば、そこには必ず倫理、モラル、道徳、宗教、その他諸々の「人と人との間の共通ルール」が現れる。そしてそのルールを守らせること、あるいはそれに反した者に相応の罰を与えることは、安定した生活を送るために不可欠な要素です。社会の理想像を描いたトマス・モアの『ユートピア』においてさえ、罪人の扱いが述べられていました。誰もが公平に、平和に生きられるはずの社会にすら、犯罪が想定される。犯罪とはそのように常に私たちの社会につきまとう存在なのです。

犯罪がなぜ社会に存在するのか、なぜ特定の人が犯罪にはしるのか、犯罪者と非犯罪者とを峻別する要因は何か?実際にははるかにに多くの多様な問いが存在するでしょう。日本で犯罪の学問といえば、どういうわけか真っ先に犯罪心理学を思い浮かべる人が多いようですが、社会学や法学などの分野においても犯罪は広く研究されています。しかし、特に英米を中心とした国々では、犯罪という現象を多角的に扱う分野として特別な学部や研究所が置かれる場合が多いです。このように犯罪に関する問いに対して、社会学・科学・工学などを用いて総合的に説明・予測・防止することを目的とした学問を「犯罪学」と呼びます。著者もそのような環境で学ぶ者の一人です。

これから一連の記事を執筆することとなりましたが、まずこの講座では心理学に注目した犯罪学の一分野、いわゆる「心理犯罪学」と呼ばれる分野に注目して、その一端を紹介しようと思います。これから犯罪心理学を学ぼうという人々にとどまらず、さまざまな人の教養を深める助けとなれば幸いです。

2. 第0講:犯罪のカテゴリーと心理的要素の位置付け

心理犯罪学は、犯罪という現象において人間の心理のどの側面が、いつ、どのように、作用するのかを研究する学問である。この分野は「心理」に関する「犯罪学」であるため、重点はもちろん犯罪の方に置かれるのだが、それが少し(あるいは多分に)クセモノである。心理のどうこうに立ち入る前に、犯罪というテーマ全般について少し述べておこう。 

犯罪学は人間の「犯罪性」を問う学問である。もしある人が罪を犯しやすいなら、その人の「犯罪性」が高いと言える。では、犯罪性を帯びている者が犯罪を犯すのか?一見あたりまえに見えるこの問いに答えることは、容易ではない。そもそも犯罪とは、単純に考えれば法律に反する行為である。殺人や窃盗、詐欺などは、時代や文化が異なっていても、ほとんどの場合で犯罪として認識される。法律はそれを制定する政府や宗教によって異なるため、それぞれの土地には、これらのオーソドックスな犯罪加えてそれぞれ異なる犯罪のカテゴリーがある。それと同時に、犯罪の定義は時代とともに変化するものでもある。例えば同性愛などは、一昔前まではわいせつ罪をはじめとする犯罪として世界各国で処罰の対象であった。ジェンダーの平等やゲイ・プライドなどが叫ばれる現在の世の中では想像もつかないことだ。犯罪の定義は流動する。一昔前に犯罪者として扱われた人が、現代では非犯罪者として扱われる。この事実は犯罪性→犯罪(→犯罪者)という流れの論理を破壊する。 

この点は学問としての犯罪学が抱える最も大きな難点の一つである。当然、これは心理犯罪学の難点でもある。研究者らは学説の適用範囲を絞ることでこれを乗り越えようと試みた。例えばEllis & Walsh (2000)は「共同体の他のメンバーに対する害意に基づく意図的な行為」として、殺人・窃盗・レイプ・反社会的行為などを含む「普遍的に糾弾される犯罪の主な種類」が想定されうることを主張した。このように適用範囲を限定してはじめて、犯罪学は時代を超えた犯罪の説明にも対処できるのである。

このような犯罪カテゴリーの限定にとどまらず、心理犯罪学も適用範囲が限られる分野だということは前提として提示しておきたい。心理だけでなく、社会的・経済的なコンディションが個人の行動に影響をおよぼす可能性は多分にある。そのほかにも、自由意志と決定論、正常と異常の境界、人の責任と環境の責任など、犯罪の原因をめぐる争点は枚挙にいとまがない。心理はその中の一つとして数えられるにすぎない。

しかし、心理的要因が無力なものかといえば、全くそうではない。遺伝子や脳の活動レベルなどといったいくつかの心理学的なパラメーターはある程度正確に数値化できるものであり、これらは今日では実際に法廷での判断に影響を及ぼすようになってきた。詳しくは他の記事にあずけるとしよう。

この講座ではWortley (2011)の統合心理犯罪モデルに沿って心理と犯罪の関係をする。なんだか難しそうな名前だが、一言で言えば色々な心理的要素はそれぞれどのように影響して犯罪に結びつくのか、という問いに対する答えである。文字で説明するよりも、実際に見てみるのが早いだろう。

ワートリーの心理犯罪学モデル

Wortleyの総合心理犯罪モデル:Wortley (2011, p.16)より引用

初めて見る時にはすこし戸惑うかもしれないが、真ん中の一列がこの図のメインである。すなわち生まれつきの生得要因、経験によって得られた獲得要因、犯行時の状況に関する要因の3つが犯罪に結びつく性質と考えられる。その上下にある具体的な心理的要素が各レベルの要因にそれぞれ影響を与えるというわけだ。

これを踏まえて、次からの講義はこのモデルに登場したそれぞれの心理的要素に注目し、以下のテーブルに記された内容をあつかう予定である。

「シラバス」

第0講:犯罪のカテゴリーと心理的要素の位置付け(本講)
第1講:『犯罪性は遺伝するのか?:双子実験』
    ・(上)
    ・(下)
第2講:『犯罪遺伝子は存在するのか?』
第3講:『犯罪は石器時代のクセなのか?』

以下TBC
性格、脳科学、発達、学習などを含む予定

この記事は「心理犯罪学」シリーズの一部です。今後の記事をお届けするためにも、右側のサイドバーおよびページ最下部のアイコンからSNSをフォローしてくだされば幸いです

  • Ellis, L., & Walsh, A. (2000). Criminology: A global perspective. Allyn and Bacon.
  • Wortley, R. (2011). Psychological criminology: an integrative approach. Willan.
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この記事の投稿者情報

竹本智志
竹本 智志

専門分野:犯罪科学(警察学)・近代思想
ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)、ジル・ダンド研究所の保安・犯罪科学部に学ぶ。
紫洲書院の出版部を担当し、運営実務を統括する。

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