都市は技術によってアマゾンになれるか Vol. 1 – 第四編


Preface

生命や森林システムに対する科学的理解が進んだことにより、都市と森林の物理的・化学的・構造的な違いや共通点が解明されてきた。加えて、森林にあって都市に不足していた要素を補い、逆に森林にはない公益機能を備えてゆくために必要なテクノロジーがようやく揃いつつある。

都市を森林の新しいカタチへ進化させる可能性を模索する本シリーズ。第1回第四編の本記事では、「森林的技術」を備えた都市が、森林にはなかった「気候調律」と「持続可能性」という機能を担う近未来を提案する(トップ画像:2017年完成の Louvre Abu Dhabi、当該施設公式Youtubeチャンネルの映像より引用)

ここまでの記事では、都市が技術によって森林的たりうるかという問いについて、エネルギー技術(光合成における明反応にあたる)および炭素系原材料の生産技術(同じく、暗反応にあたる)の視点から論じてきた。第二編、第三編にて具体的に示したように、エネルギーと素材生産において、未来の都市がたしかに「森林的」で、さらそれを超える性能を獲得しうることも紹介した。

さて、最終編である本記事では、人類はそれらの「森林的」技術をもちいてどこへ向かうべきなのかを論じたい。結論から言うなれば、森林や太陽からさえ可能な限り自立したエネルギー・生産体制を構築するべきである、というビジョンを提示する。気まぐれな気候や太陽活動にほとんど振り回されず、社会の持続的発展、ひいては社会の保護・愛護のもとにある生態系全体をも「持続可能」にすることこそが、目の前の気候変動を乗り越えた先に人類社会が到達すべき未来だからである。

(本記事は、第四編です。第一編、第二編、第三編はそれぞれ記事上部の目次より、薄緑色の節題をクリックしてご覧ください。)

9. 生態系への依存度を下げる

劇場版アニメーションPSYCHOPASSに描かれた「シャンバラフロート」というメガフロート。その頂上には、人工光合成を行っているかのような設備がある。

植物が果たしてきた惑星規模の機能の一部または大部分を、都市(などの人工環境)が肩代わりすることは、少なくともエネルギーおよび気候管理の面においては可能となってきたといえるだろう。では、最後に重要な観点として、なぜ既存の植物よりもわざわざ人工的な技術を多用する必要があるのか、という点について論じたい。

植物はそもそも、エネルギー・炭素・鉱物資源を これまでの 5 億年にわたって開発し、環境を改変してきた。この点で、植物は現代人類と同様に一種の「覇権的」生物である。にも関わらず、植物は自らの住む惑星の大局的な変動に気付き、自らのふるまいを変える知性や能力を持っていないと思われる。このことは、これまでの植物の進化や、目先の利益を追求するあまり引き起こされた、植物自身にとっても不利益な環境変化を振り返れば明らかである。また、植物を含むあらゆる光合成生物は、地球にその最初の存在(シアノバクテリア)が誕生して以来、大気中の二酸化炭素を枯渇しかねない水準までマイニングしてきた。逆に、人類の活動による二酸化炭素の増加を経て、ここ35年で地球上の森林面積は、森林破壊の分を差し引いても 7 %増えたことがわかっている(Song et al., 2018)。

気候は、こうした植物の活動、人為ほか、火山活動や太陽活動など多くの要因で変動する(前出記事「気候変動に際するリスクとチャンス」を参照)という事実を、まず認識することが重要である。こうした認識を持てば、人類が惑星の大局的な状態をモニタリングしながら、その状態に合わせて大気中の温室効果を「調律」することの重要性が見えてくる。植林などの生態系管理もその大きな枠組みにおいてある程度は計画されるべきであろう。しかしそれと同時に、温室効果を調整するための装置として人工の構造物を活用し、惑星の状態をかんがみながら二酸化炭素のレベルを吸収・停止・排出することが可能となる。

10. 27億年の太陽依存を超えて

伊藤計畫著のSF小説HARMONYは、ノイタミナによって劇場版アニメーションとなった。環境問題も気候変動も、技術的にはとうに克服した先進国の姿が描かれた。そこに環境主義的な緑色のペイントはない。

先述(第二編第三編参照)のようなエネルギー技術・生産技術が普及すれば、人類によるエネルギー生産や気候管理の恩恵は、到底自らの社会にとどまるものではない。実際に、人類は一万年以上前からすでに地球の全陸上の 75 %の植生と生態系を改変し、陸上での光合成のうち89%は人為的な植生に由来することがわかっている(Ellis and Ramankutty, 2008)。こうした改変は主に森林構成の改変や植林、耕作を通じて行われたものだ。そしてこれを行う林業・耕作機械の稼働や肥料生産などは、化石燃料そのものや、それに由来する電力によってまかなわれてきた。だが、化石燃料が今後「森林的技術」によって太陽や重力、地熱に代替されてゆくにつれて、地球全体を覆う生態系のほとんどは今度は太陽光以外のものも含む幅広い再生可能エネルギーに依存することになる。すなわち、人間が産業・審美目的で保護しようとする生物種および全球規模の生態系が、太陽光以外のはるかに多くのエネルギー源にも直接・間接的にアクセス可能となるのだ。

さらにこのことは、社会と生態系の、天候や気候、破局災害に左右されにくい持続および発展を可能にする。というのも、突発的にもたらされる極限災害や変動においては、あらゆる生物種の存続が危ぶまれる事態となりうるからである。例えば、火山活動による気候変動などがその好例と言える。火山噴火によって巻き上げられた噴煙が成層圏にまで達すると、太陽光が長ければ数年にわたって遮られる。その結果、地球は劇的な寒冷化と光合成の停止、それによる大量絶滅を、地球上の生物は過去に何度も経験してきた。こうした時代においては、植物に依存する生態系も人類も、地上の太陽光エネルギーに依存する限り生存することはできないだろう。しかし、人類が例えば第三編で紹介したような宇宙エレベーターをもち、また宇宙空間に太陽光パネルが展開されている近未来を予想してみてほしい。その「宙の樹冠」で得られた太陽エネルギーは、宇宙エレベーターを通って社会に光を灯し、社会が保護する生態系のための、擬似的な太陽光をも灯すだろう。また、地熱や潮汐によるエネルギーはそれよりもさらに簡単に、安定的に享受できる。

このことは、最初の光合成以来の、ここ27億年にわたる生物界の歴史においても画期的なできごとである。なぜなら、そもそも生物界 “biosphere” の大部分は、太陽光によって生産を行う植物などの「光栄養生物 “phototrophic organisms” 」と、それらに依存する「従属栄養生物 “heterotroph” 」によって主に構成されてきたからだ。そこに、人類の技術のおかげで重力(潮汐など)や地熱に由来する多大なエネルギーが流入し、さらに気候変動に際しても安定的となれば、生物界はさらなる豊かさと持続的発展の源泉を得ることとなる。太陽光栄養 “photo-troph” から多元栄養 “omni-troph” へ、そして過去最高の「持続可能性」を獲得しうる。

以上のように、本当の意味での「持続可能」を目指すならば、気候変動をはじめとした地球規模での環境変化を前にしてもなお、社会・生態系の維持と逐次発展に支障の出ないエネルギー供給システムが必要である。そのためには、人類のエネルギー生産は、太陽光由来のエネルギーへの依存から少しずつ脱却していくことが求められる。こうした変動を前提にしたそれら発展的な持続可能性を、例えば「弾性的持続可能性 “Variation-Embedded Sustainability = VESt” 」と呼べるのではないだろうか。 

今回は、都市が「森林的」であるためにというテーマで、人工的な明反応・暗反応の応用やその実例、炭素の機能的固定:CFS、弾性的持続可能性:VESt の考え方の導入、人為的な気候調律の重要性、そして生物圏の革新について紹介した。次回は、生物の棲息地(habitat)としての化学・物理環境について、また人工空間が植物や微生物などと協力しながらどのようそれらを創出してゆけるのかについて紹介する。

▶︎参考文献
  • Ellis, E. and Ramankutty, N. (2008). Putting people in the map: anthropogenic biomes of the world. Frontiers in Ecology and the Environment, 6(8), pp.439-447.
  • Song, X., Hansen, M., Stehman, S., Potapov, P., Tyukavina, A., Vermote, E. and Townshend, J. (2018). Global land change from 1982 to 2016. Nature, 560(7720), pp.639-643.
<meta charset="utf-8">竹村 泰紀
竹村 泰紀

専門分野:工学・建築
慶應大学理工学部機械工学科を卒業後、ロンドンにて建築を学ぶ。AA (英国建築協会付属大学)修士課程に在籍。独学で地球環境学・生態学・分子生物学などを学び、次世代の開発理論を模索する。紫洲書院のチーフアドバイザーを務める。

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