非災化講座

「非災化」講座vol. 0 : 災と恵の両面性に向き合う



1. 気候がうつろう時代と「災い」

令和元年台風15号(ファクサイ “Faxai” )および19号(ハギビス “Hagibis” )にて被災された方々にまず心からのお見舞いを申し上げたい。地球温暖化に伴って、大気圏・水圏が保持している熱エネルギーの総量が増え、結果として風水害の猛威が一層増している。こうした極端化する気象に加え、古文書にもほとんど残っていないような長周期で繰り返す大変動も存在する。克服したはずの災いは再び甚大な被害をもたらすようになり、「観測史上初」の災害や波及被害も起きている。今後、これまで通り起こるであろう地震や火山噴火などとも重なって、時に非常に過酷な災害も起こる可能性もある。

天気の子のワンシーン
大雨の東京(出典:新海誠監督作品「天気の子」)

今回第一回目の新シリーズ、「非災化」講座では、外宇宙環境にはじまり、岩石圏(リソスフィア:地球の地殻・マントル・核)、大気圏(アトモスフィア:大気全体)、水圏(ハイドロスフィア:海や川、湖など)にそれぞれ由来する種々の災害に注目する。これらの災害の特性をまとめ、古今東西の対処法を発掘し、科学的に再評価することにより、次世代の開発手法を提案するのが狙いである。前回の「気候変動にともなうリスクとチャンス」において、温暖化に伴うダメージを「吸収」することで見出されるチャンスに言及した。本シリーズでは、この「吸収」について具体的・科学的に模索し、吸収の技術が創出しうる新しい可能性にも言及する。

2. 「恵み」を抽出する技術

さて、「気候変動にともなうリスクとチャンス」で論じたように、人類を含む現代の生きとし生けるものたちは、約一万年の気候安定期(完新世)の終盤に立ち合っている。これから当面は、気候が次の安定状態に移行するまでの永い永い遷移の時代になるだろう。温室効果ガスの排出を調整しても、地球環境システム側に助長要因があるため、ある一定の気候変動は避けられない。こうした時代においては、過去の様々な変動に際して人類が見出した対処法や、現代科学における知見をもういちど総動員し、次の時代の防災・減災を考えなければならない。

だが、災害への対処は単なるリスクヘッジの側面だけではなく、そこからの「恵み」の抽出をも包摂しうる。そもそも人類の歴史は、地球環境や宇宙が元来もつ無遠慮な荒々しさにどう即応し、そのリスクを吸収し、さらには利用するかというイノベーションの歴史であると捉えることもできるのだ。例えば農業は1万3000年ほど前のヤンガードリアス期の急激かつ長期的な寒冷化に伴って、それでもなお大きな人口を維持するために、中東の「肥沃な三角地帯」で発明されたと考えられている。ヘロドトスが人類史上初の歴史書で述べた「エジプトはナイルの賜物」という言葉も、毎年必ず起こるナイル川の氾濫を、水害としてではなく、肥沃な土を上流から運んで来てくれる恵みの行事と捉える営みを表したものである。また、毎年沖積土に埋まるナイル川流域の土地を、毎年すばやく測量しなおし、農地の境界を引き直すために発明されたのが、「幾何学」:geo(大地)+metry(測る)である。

ナイル川流域の衛星写真
ナイル川流域の農業生産の衛星画像

いまや誰もが美しい文化景観としてとらえられている棚田は、東南アジア・日本といった比較的急峻で降雨の多い土地において、下流の水害を激減させるインフラの役割を果たしてきた。また火山活動はそうした急峻な地形をかたちづくり、甚大な被害をもたらす現象であるが、その一方で栄養豊かな火山灰や貴金属を地上にもたらすプロセスでもある。徳川家康が、江戸・東京の世界最大級の大人口を支える大規模な耕作地帯を関東に築けたのも、火山という「災い」から、火山灰という「恵み」を抽出してきた結果である。

原風景としての棚田
バリの棚田

3. 非災化という考え方

災いをもたらしうる自然現象を治めると同時に、より多くの「恵み」を抽出する方法を考える。こうしたプロセスは、神道の神々が荒々しい側面である荒御魂(あらみたま)と、恵みをもたらす側面である和御魂(にぎみたま)をあわせ持ち、別々に奉られる文化にも通ずる。荒々しさはなだめ、恵みはたたえて増幅する。私は人類の歴史と、(すべての人類が一度は持っていたアニミズム信仰から発展した)神道のこのアイデアにあやかって、これからの時代に必要な技術開発の姿勢を“災いに非ずと化す”と書いて「非災化」と呼びたい。英語にして表すならば “Un-disastering” と書けるかもしれない。

こうした「非災化」によって抽出しうる「恵み」には、エネルギーや栄養、資源といった物質的なものだけにとどまらない。それによって生まれうる新たな風景、そしてその風景を愛でる文化、その文化によって駆動される観光・不動産経済なども考えられる。例えば、豊富に水をたたえる風景は世界中で景観美の代名詞となってきたが、大雨の後に必ず美しい親水風景が出現する都市デザインが存在するならば、これからの世界の都市において大きな文化的・経済的価値を生むはずである。例えば「千と千尋の神隠し “Spirited Away” 」で描かれた、雨上がりに現れた広大な「海」と水上列車、水に浮かぶ街並みは際立った印象を与える。すべてとは言わないが、多くの「災害」は、その「荒御魂」としての側面を最小化することにより、喜んで迎え入れられる文化的風景・経済の創造につながりうると考える。

潮溜まり
潮位によって異なる「美」が見出せる岩場は、潮位に合わせて刻々と変化する環境に適応した生き物たちが息づく。気温・海面変動に創造的に適応する未来都市を飛行機から見たら、どんな風景になるだろうか。

4. シラバス

最後に、本シリーズの構成をまとめたい。ただし、各トピックが必ずしも一回分に収まるとは限らないことはご承知おきいただきたい。また順序も変更となる可能性がある。

1. 天水の横溢・雨水による侵食

2. 海水の横溢・海水による侵食

3. 都市火災と森林火災

4. カグツチ:火山活動の災と恵

5. 気候変動と食、食文化

6. 気候変動と風景

7. 温暖化と病;ヒト、作物・家畜、森

8. 文明のブラックアウト:全球同時停電に備える

9. 電化文明のアラミタマとニギミタマ

10. 産業・都市汚染の非災化

11.まとめ

この記事は「非災化講座」シリーズの一部です。今後の記事をお届けするためにも、右側のサイドバーおよびページ最下部のアイコンからSNSをフォローしてくだされば幸いです

<meta charset="utf-8">竹村 泰紀
竹村 泰紀

専門分野:工学・建築
慶應大学理工学部機械工学科を卒業後、ロンドンにて建築を学ぶ。AA (英国建築協会付属大学)修士課程に在籍。独学で地球環境学・生態学・分子生物学などを学び、次世代の開発理論を模索する。紫洲書院のチーフアドバイザーを務める。

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