都市は技術によってアマゾンになれるか Vol. 1 – 第一編



Preface

生命や森林システムに対する科学的理解が進んだことにより、都市と森林の物理的・化学的・構造的な違いや共通点が解明されてきた。加えて、森林にあって都市に不足していた要素を補い、逆に森林にはない公益機能を備えてゆくために必要なテクノロジーがようやく揃いつつある。都市を森林の新しいカタチへ進化させてゆく可能性を模索する本シリーズ、第一回第1編
(トップ画像:劇場版アニメーション「PSYCHOPASS」より引用)

1. 都市は、地球の未来かもしれない

人類が都市を築くようになって以来、都市は常に森林と対比されてきた。それは、理解を超えた生物がひしめき合い、不可思議な現象に満ちた森林、という強いイメージが長らく共有されてきたゆえにほかならない。スタジオ・ジブリ映画「もののけ姫」でも、森がもたらす恵みとともに、人々の森に対する強い畏怖が描かれる。こうした心理的傾向は、日本だけでなくアジア、西欧、アメリカと、かつて広大な森林を擁した地域に花開いたあらゆる高度な文明で共通していたようである。

世界人口の過半数が都市に住むようになった現代、一般の人々の森林へのイメージは、みずからの体験にもとづく現実性をさらに失い、外見にもとづく印象をもとにした象徴化や、都市との短絡的な対比が強まっているように感じられる。環境問題が叫ばれる現代では、しばしば都市は暴力的な開発の賜物として扱われ、その一方で森林は「穢れのない」領域のシンボルとして語られる。都市と森林の価値観における乖離は深まっていると言わざるを得ない。

こうした背景において、都市が「技術」によってアマゾン熱帯雨林のようになれるか、という問いはばかばかしく聞こえるかもしれない。しかし一切の心理的・文化的イメージを排して科学的に考えれば、都市が地球における「森林」の新しい形になることは可能である。

明治神宮付近。都市と森林の外見的対比。いのちの森ページより引用

最新の科学技術は、このような考えに根拠と可能性とを与えてくれる。近年、生命のメカニズムやその集合体である森林システムに対する理解が進んだことにより、都市と森林の違いや共通点が物理・化学・構造的に解明されてきた。加えて、環境技術の発達によって、森林にあって都市に不足していた要素を補い、逆に森林にはない公益機能を備えてゆくために必要なテクノロジーがようやく揃いつつある。

見た目ではなく、生態系としての機能や、気候に与える影響という点において「森林的」な都市を作るためには、森林を科学的に把握しなければならない。「森林的」な都市を模索するため基準は、森林の機能をもとに以下5点にまとめられる。

1. 生産能力と、それが気候に与える影響

2. 循環・供給システムと、それが気候に与える影響

3. 棲息地としての特有な化学的環境

4. 棲息地としての特有な物理的環境

5. 遺伝子という資源の保全・改良における役割

もちろん、都市はそもそも人間のための住処であるため、森林としての機能を持っただけでは役不足である。人間の都市には、機能だけではなく、文化的・歴史的な要素が不可欠であるからだ。それらの建築的な側面は他の記事にて論ずることとして、今回は気候や生態系に対して都市が果たす工学的な機能にのみ焦点を当てる。

4編にわたる第一回目では、上記5点のうちの最初の項目を取り扱う。都市が森林と同様にエネルギーの生産者となり得るか、また都市が気候に影響を与えるに際して「森林的」たりうるか、この二点を論じたい。結論から述べるならば、これは可能であり、さらに言えば森林の能力を超える性能を持ちうることも述べておきたい。

2. 生産・気候への影響において「森林的」であること

科学エネルギー生産・気候への影響という点において「森林的」であることを理解するには、まず森林そのものへの理解を深めなければならない。森林生態系における「生産」は、ほぼ完全に植物によるものである。植物は「一次生産者 “primary producer” 」と呼ばれるように、太陽のエネルギーを、他の生物が摂取できる形の栄養に変換することができる。この栄養は炭素原子の鎖を軸とした化学物質(分子)であり、有機化合物 “organic compounds” と呼ばれる。つまり植物は、太陽から届く光(電磁波)のエネルギーを、自らや人間を含む他の生物が利用できるタイプの化学結合エネルギーに変換しているのだ。

C6H12O6 Glucose 3d molecule isolated on white

ブドウ糖 “Glucose” 分子の構造図。緑色の棒の部分に、化学結合エネルギーが内包されている

これを行うプロセスはご存知の通り「光合成」と呼ばれるが、実はこのプロセスは「明反応 “light-dependent reaction” 」と「暗反応 “light-independent reaction” 」という2つの反応が順番に起こることで完遂される。ごくおおざっぱにまとめるならば、まず「明」側では太陽光エネルギーを利用して水(H2O)を分解し、エネルギーと水素イオンが取り出され、酸素が排出される。これに加えて「暗」側では、明反応によって作られたエネルギーと水素イオンを用いて、空気中から取り込んだ二酸化炭素を消費し、G3Pという中間体を生産、これを原材料として保存しやすい糖 “sugar” とする。この糖は植物の生命を維持したり、外敵から防御したり、体を成長させるためのエネルギーに使われる。また、同じ原材料から脂肪酸やアミノ酸などへ変換され、細胞や細胞壁の材料となる。こうして植物の体内に保管された糖などの物質を動物や昆虫が食べると、それぞれの体内で糖が分解され、そこからエネルギーまたは生体の材料が取り出され、各々の生命力となる。

「明」反応と「暗」反応の関係の概念図。明側は太陽光と水からATPとNADPHを生産し、それが暗側のカルビンサイクルと呼ばれる化学反応サイクルの各段階において、二酸化炭素と水とともに利用され、このサイクルの精製物から糖や脂肪酸、アミノ酸を生産する。

植物の群生が互いに競争し、世代交代を繰り返しながら成長をすることで、二酸化炭素が吸収・固定される。これは具体的には、植物が他の部分に比べてはるかに分解されにくい「木」の部分を作ることにより行われる(木の細胞壁に含まれるリグニンは、今でも地球上でもっとも分解の難しい物質のひとつである)。すなわち空気中の炭素が、その「木質」の構造体を構成するための炭素として利用され、固定されるということだ。もちろん植物は動物と同じようにミトコンドリアを細胞内に持つ生物なので呼吸もおこない、二酸化炭素を排出する。しかし木質部をつくるような植物は一般に長寿であるとともに、大型になればなるほどこの木質部が大きく、倒木しても完全に分解されるまでに時間がかかるようになる。結果長い期間にわたって炭素を地上に蓄えておけるのだ。

今回の記事はここまでとして、つづきは第二〜四編にて紹介する。以上のような生産および気候影響における「森林的」な性能を、実際どのようにして、どのような技術を利用することで可能となりうるのかを例を挙げながら紹介する。

<meta charset="utf-8">竹村 泰紀
竹村 泰紀

専門分野:工学・建築
慶應大学理工学部機械工学科を卒業後、ロンドンにて建築を学ぶ。AA (英国建築協会付属大学)修士課程に在籍。独学で地球環境学・生態学・分子生物学などを学び、次世代の開発理論を模索する。紫洲書院のチーフアドバイザーを務める。

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