「定年退食」・分配・命の選別

著者:<五月零日>>

著者:<五月零日>>

『かわりましょ、かわりましょ、 2番さんがきたら 1ぬけて、 3番さんがきたら 2もぬけて』

『定年退食』(藤子不二雄)より

(前回までのあらすじ) SFの定義に『ファースト・コンタクト』から『ワースト・コンタクト』までを含むぐだぐだなライター<五月零日>。<大和>が終戦後まで生き残った本を読みすぎて、どこで沈んだのか混乱しながらも、お気に入りのSFネタを出力する。

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みなさんおはようございます、こんにちは、こんばんは!

好きな潜水艦は、<八月十五日>級(西側呼称<エックスレイⅡ>級)、<伊五〇七>など多数、ライターの<五月零日>です。でも、<青のインプルス>も好きです。(厳密には潜水艦ではなく外洋型航宙可潜艦ですが)

今回も前回と同様にここ1ヶ月くらいのニュースから連想されるSFをネタにしたい所ですが、この短い期間でも世間は色々ありすぎて困りますね。

ぱっと思いつくだけでも、「1:コロナ関連の何か」「2:金正恩死亡説」「3:米中経済対立」「4:スウェーデン ノーガード戦法で新型コロナ死者多数」「5:大雀蜂 米国に定着疑惑」などなど。

コロナ禍というお題目にだけに着目するなら、人間の生をめぐっての権利と義務が描かれた『ハーモニー』(2008、伊藤計畫)とかでも良いかな、とも思うけれども。(主人公の霧慧トァン、大好きなんですよね。)しかし『ハーモニー』は、テロを含む核のパイ投げ合戦の結果、疫病がドッタンバッタン大騒ぎするようになったうえで、WHOやら生命主義が大手を振るようになった世界の話ですからね。いろんな意味でまだ時流じゃない気がするので、また別の機会に。(別にパイ投げ合戦が見たいわけではないです)

やはり次回予告どおりに、こう、配給制について言及したSFをご紹介しますか。思いつくところだと、まずは『ソイレント・グリーン』(原作:Harry Harrison, 1966)ですね。コアなSFファンにとっては、シタン先生の「いいえ。私は遠慮しておきます」のセリフでゆうめいな『ゼノギアス』(1998、スクウェア)のソイレント・システムの元ネタのほうが通りが良いでしょうか。

色々と例を挙げたところで、やはり『定年退食』の紹介をしたいと思います!この作品は、藤子不二雄時代の藤子・F・不二雄作品です。普段『キテレツ大百科』しかテレビで見てこなかった静岡県民でも、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。先に上げた『ソイレント・グリーン』との共通性も指摘されています。

え?聞いたこと無い?「前回の予告はどうした」って?

おれは藤子・F・不二雄が好きなんだ。

1. 定年退食

コマ1

朗らかな陽光が指し、小鳥が軽やかに歌う、ごく一般的な食卓の風景。

主人公である壮年の男性と、その奥さんと息子の会話は、健康や老化防止などの他愛もない会話。かと思いきや、『保存パックにしといてくれ』『冬に備えなくちゃ』。

区役所に行くまでの道すがら、トンボ捕りに興じる子供らを優しい目で眺めつつ、主人公はフラッと倒れかけます。すぐに救急システムは対応を呼びかけますが、『腹が減っただけ』と拒絶します。そして友人の吹山と合流し、『二次定年特別延長』の申請のため区役所へ向かいます。

帰りがけに吹山は言います、『当たってくれないかなあ!毎月申し込んでこれが12回目、最後のチャンスだからな!』。しかし『期待しないで待つさ』、と主人公はそっけない。

帰宅すると小鳥の歌声は止んでいます。妻から「故障した」小鳥を受け取った主人公は、修理を試みるも断念。暇を持て余してふとつけたテレビからは、「汚染地域の拡大」、「農漁業生産のさらなる縮小」、「配給量カットの検討」など陰鬱なニュース。子供向け番組ですらも「養殖トンボの放流」などという不穏なワードが飛び交い、チャンネルを変えるのも面倒になり、主人公はふて腐れて寝転んでしまう。

コマ2

17:00きっかり。待ちに待った、『二次定年特別延長』の当選発表が始まりますが、自分の番号は一向に告げられません。果たして自分は『延長』組に選ばれなかったのだろうか?そんな不安もつかの間、そそくさと立ち上がり、ファクシミリで当選番号を取り寄せて再度確認するも、やはり自分の番号はない。それでも納得できない主人公は、74歳とは思えない鉄砲玉のような勢いで、再び区役所へと突撃して受付に詰問するも、期待虚しく。

「うそをつけ!!」、とその場に居合わせた吹山の声。「二次定年者(60~75歳)の死亡者と当選者の勘定があわんじゃないか!」と大変な剣幕でまくし立てる。対する役所の職員は、冷静にその誤りを正そうとするも、今にも取っ組み合いに入ろうという雰囲気。それを遮ったのは、奈良山首相からの重大声明でした。

古いテレヴィジョンの画面には輪郭だけのシンプルなセットが映し出され、黒々とした背景の中に奈良山首相の姿が浮かび上がります。

コマ3

『本日……ここに…このような声明を………わたくしの深く遺憾とするところであります。』『健康にして文化的な生活、これは憲法に定められましたる大前提であります。われわれはこれを「定員法」制定により現実のものとし、今日に致りました。』『しかるに………みなさん御承知の如く、昨今の食糧事情の急速なる悪化……ついに…… この定員法を大幅に縮小の止むなきに至ったのです。』『一次定年を56歳とします。それ以上の生産人口をわが国は必要としません。二次定年を72歳までとします。それ以上の扶養能力をわが国は持ちません。』『73歳以上のかたがたは、本日をもって定員カードの効力を失うものとします。年金、食糧、医療その他一切の国家による保障を打ち切ります。』

奈良山首相は最後にこう結びます。

家族との食事、区役所までの道すがらの公園、軽やかに歌う人工小鳥の声。道をかけて行くのは養殖トンボを追う子供たち。見慣れた朗らかな風景のデジャヴは、表面的でしかないことが明らかになりました。道を歩いてゆく主人公は、先ほどと同じように栄養失調から倒れてしまいます。今度も救急システムは救急車の手配を提案しますが、先のとおり主人公は74歳であり、二次定年を超えたことを示す登録番号を出すと、何もできなくなってしまいます。

主人公は吹山と合流し、ありもしない他愛もない会話(奈良山首相の暗殺計画!)のあと、何をするでもなく公園で、やるせなく公園のベンチで時間を潰します。その周囲には若く仲睦まじい男女しかおらず、気まずい雰囲気が漂っています。

そこへ、アヴァンギャルドな格好をした吹山の孫とその彼女が席をゆずれと持ちかけます。吹山は憤慨しますが、これに対して主人公は穏便に譲ってやろうと提案します。

コマ4

2. 北欧型の社会保障

物語のあらすじを一通りなぞったところで、スウェーデンの対コロナ ノーガード戦法と絡めつつ、語られていなかった重箱の隅を膨らませますか。ということで、世界観設定の妄想をば。(というか最初から完成度の高い短編にまとまっているから、重箱の隅を膨らます以外にやれることが無いんですがね!)

さて、一口にノーガード戦法といっても、この作戦を事実上実施している国の意向は様々です。例えば経済優先を掲げるブラジルでは先進国と同等の外出制限をしくのが難しいということもあり、事実上の集団免疫論の目的に近づきつつあります(また現地マフィアの介入でメチャクチャなようですが)。一方でスウェーデンの初動対策は経済活動の自粛「勧告」にとどめ、学校の閉鎖も行われませんでした。

しかし、スウェーデンとブラジルでは前提が違うのだから、見た目には同じでも採っている作戦の意味は違いますよね。ブラジルは恐らく医療体制が整っていないことを踏まえ(特に田舎部)、安定した人口ピラミッドに任せて国民全員に抗体を獲得させる作戦に思われます。対して、スウェーデンは一般的に高負担高福祉の国として知られてますね。消費税を始めとして高税率が国民には課せられている分、医療費の上限は制限されているし、児童手当などの社会保障も充実している。超高税率に代表される日常生活における負担は、高齢者への保険支出・老人福祉のGDPに用いられるものも多いとのこと(2013年度時点で3.6%)。いつも負担している分、有事には重点的な保証を行うということでしょう。

概ねこんなイメージでしょうか。ああ、完全なる社会主義!

今回のコロナ禍に関してのこれらの施策は、様々な情報が飛び交う中「なるようになる」と言わざるを得ません。しかし今後のさまざまなリスクを考慮すると、社会保証体制のカタチはキーポイントになりそうです。

3. トランプは社会主義者なのか?

さて、思わず社会主義というワードが飛び出しましたが、これはそもそもどういう風に考えていくべきなのでしょう?冷戦終結までの構図は割と単純で、資本主義陣営と共産・社会主義陣営という対立が見られました。そして共産・社会主義の国家はそのイデオロギーを世界に広めていこうという姿勢を見せていたと言えます。スペインを始め、いろいろな内戦にも干渉していましたしね。左派の理想を積極的に広めようとする「インターナショナル社会主義」の時代と言えるでしょう。しかし冷戦が崩壊すると、社会主義の性格は徐々に変容していきます。広い意味での「リベラル」を基軸とする左派のサポートを受けるようになった社会主義は、スウェーデンのように大きな政府がさまざまな社会保障を提供しようということを目指していきます。しかし財源が無限ではない以上、社会保障を行うにはその適用範囲を明らかにしなければなりません。国がサービスを提供するならば、必然的に国籍と国籍がその境界線となり、内外をくっきりと区別する必要が出てくるのです。こうして「ナショナル社会主義」の時代が幕を開けることになりました。皮肉にもトランプ大統領によるメキシコ国境での壁は、これと重なるタイミングで出現したことになります。まさか、彼は隠れ社会主義者なのでしょうか(笑)

4. ナショナルな社会主義

このように社会の富を平等に分配するためには、その分配を受け取る人の範囲を明確に定めなければならないことが分かります。実際、金満と言われる北欧の国々ですら国のサービスの対象をじわじわと絞ってきています。かつては留学生であっても大学の学費無料を掲げていた国が多かったのですが、今やノルウェーとフィンランドを残すところとなったのを見ると、全体的ナショナルのボーダーが強まりつつあることが分かります。『定年退食』の世界では分かりやすく配給制という描写があるので、現実のスウェーデンとは比較にならないほどの、より強固なナショナル社会主義を敷いているのかもしれません。また『定年退食』に影響を受けた『ソイレント・グリーン』の世界でも配給制が採用されており、このシステムを維持させるため、高齢者(といっても60歳程度)を安楽死させる施設が描かれています。どちらの作品も制度が現実より極端なのは、食糧事情からゼロサムどころかマイナス・サムゲームになっている影響もあるでしょう。

ではこのマイナスをどうするか。『定年退食』でやっているのは社会のフリーライダー、つまり生産年齢人口以外の人口を減らすという政策です。かたやスウェーデンでも、充実した医療システムのボーダーは80歳で、それ以上には重傷者手当てなどは一切出されないとのこと。

作中では、席をなくした主人公・吹山の老人たちは素直に席を後進に明け渡していますが、現実では暴力沙汰にならないか疑問です。所詮、保険も配給制も富の再分配の方法の一つでしか無いし、なにしろ暴力は最も歴史的で効率的な再分配の方法だから。

スウェーデン式のボーダー作りは、どこかで避けられないのではないかと感じます。作中みたいに全員が聞き分け良くできるものでもないから、わかりやすい世代間闘争にならなきゃいいですね。作中の状況は極端ではありますが、超高齢化社会で非生産人口の割合が増加するにつれて、リソースが限られることには変わりはありません。次第に富の分配は回らなくなってゆくというシナリオも考えられます。だとすれば、「最も成功した社会主義国家」と音に聞く、われらが日本国にとっても対岸の火事ではありませんね。さて「限られた富VS分配ベースの社会」というこの構図を解決する糸口はテクノロジーなのか、はたまた国家の借金はどこまでも許容されるとするMMT(現代貨幣理論)なのか。現実も薄氷の上ですが、まさに『文化とは暴力を制御するソフトウェア』なのでしょう。願わくは避けられない犠牲を最小限にし、せめてその犠牲が『甲斐のある死』であることを祈りつつ、『健康で文化的な』最大限度の生活を送って行きたいものですね。

5. まとめ

まぁ、つらつらと色々書きましたが、スウェーデンやらブラジルやらのノーガード戦法は、限定された条件下ではある程度は有効なのでしょう(少なくともそれなりの算段が選挙を導入した国家には実行できないでしょうし)。作戦というものは(戦略・戦術を問わず)限定的な状況下で機能するように設計されるもので、万能なものなどでは無いんですがね!いずれにしろ、事態は依然進行中で、評価が下るのは暫く先のことなので、気長に待つより他にありません。

ここまでのノーガードっぷりは、先進諸国でやるには構成員の命の値段を下げるか機械的な閾値の設定が必要がだよな、ということから『定年退食』の紹介でした。

余談ですが、副読本に食い詰めっぷりが『定年退食』どころじゃない『カンビュセスの籤』1977、藤子不二雄もおすすめです。だいたい23万倍くらい食い詰めてるんじゃないかな。理由は読んでくれたら察してもらえるかと。先ほどちらっと紹介した『ソイレント・グリーン』とのプロットの流れの類似性で言うと『カンビュセスの籤』の方がインパクトがある気もしますしね。藤子・F・不二雄の異色短編の真骨頂たる、静かなテンションでフラットかつ論理的に固定観念を揺さぶる物語という点で捉えると、『気軽に殺ろうよ』 (1972、藤子不二雄) が白眉なので、そっちも是非。

それではさいごに、『定年退食』より、在スウェーデンの6.626×10 −34 人の読者諸氏への祈りの挨拶としたいと思います。(ホルガ博士、おゆるしください!)

『♪かわりましょ かわりましょ 2番さんがきたら 1ぬけて 3番さんがきたら 2もぬけて♪』

6. SFおまけ

脳を空っぽにして思いついた別ネタとして:

1番(メルケル首相)なら東独絡みで『マブラヴ シュヴァルツェスマーケン』 (2011、内田弘樹・吉宗鋼紀)あるいは『グッバイ、レーニン!』  (2003、Wolfgang Becker)でもいいかも。

2番(金正恩死亡説)なら大陸発症の新型の病気が体制に影響を与えるという点で『平壌クーデター作戦』(2003、佐藤大輔)。『星の舞台からみてる』(2010、木本雅彦)でも2代目の方で出てきていたと思います。

3番(米中経済対立)が直接的な軍事行動まで行ったら、『FALLOUTシリーズ』(1997、Interplay)のイメージ。

4番(スウェーデン ノーガード戦法で死者多数)が保険制度維持のための人口調整の面を狙ってやっているのなら、先述の通り『ソイレント・グリーン』(原作:1966, Harry Harrison;映画:1973, Richard Fleischer)あたりかしら。

6番(オオスズメバチ 米国に定着疑惑)なら『テラフォーマーズ』(2011、貴家悠・橘賢一)を入れたいですね。

  • 藤子不二雄(1973)『定年退食』(単行本は藤子・F・不二雄名義)
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この記事の投稿者情報

<五月零日>

<五月零日>

専門分野:SF
『北斗の拳』から『ドラえもん』までをSFに含める、ぐだぐだSFライター五月零日。お気に入りのSFネタでさまざまなトピックを斬る。

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