<五月零日>SFヨタ噺 『地球連邦の興亡』と世界政府


Preface

『いうまでもなく、これは諸官がこれまで経験したなかでもっとも過酷な、意味のある戦いなのである』

「地球連邦の興亡』(中公文庫、2015)より

1. 「世界政府」の提言

みなさんおはようございます、こんちには、こんばんは!

初見なので覚えている人も少ないと思いますが、ライターの<五月零日>と申します。

突然ですが、わたくし、このたびShidzu + にて時事ネタを絡めたSF作品紹介を連載することになりました!

今回はここ1ヶ月くらいのニュースから連想されるSFをネタにしたい所ですが、その短い間にすら世間では色々な出来事がありすぎて困りますね。パっと思いつくだけでも、「英ブラウン元首相の世界政府提言」、「日本での非常事態宣言発令」、「米国のWHO拠出金停止を含む米中対立」などなどたくさんあります。幸いにしてまだ実現していませんが、『機動警察パトレイバー2 the Movie』や『女神異聞録デビルサバイバー』などで描かれた戒厳令下における東京封鎖も懸念されてきた今日この頃です。しかし「満員電車でのお通勤だいすき病」に罹患している人が多い東京の街からこれほど人が消えるとは、ことの重大さを改めて思い知らされますね。

ブラウン元首相はバーチャルG20に先立ち、コロナ対策に国連の安全保障理事会の介入も視野に入れるべきだと警告を発した(出典:The Guardian, 写真:EPA時事

 さて、いきなり脱線しましたが、話を元に戻しましょう。皆さんもご存知の通り、このほど新型コロナウイルスに倒れられていたジョンソン英首相が無事復活されました。!ということで、この勢いに乗って大英帝国の夢と力を取り戻して頂くことを祈り、今回のテーマは「英ブラウン元首相の世界政府提案」に関係する要素を含んだSFをメインに紹介をしたいと思います!

 最初に軽く、このニュースをおさらいしておきましょう。ことの発端は3月26日、コロナウイルスの蔓延に際してG20のバーチャルミーティングに先駆けてイギリスのブラウン元首相(任期:2007~2010)が世界のリーダーに臨時の世界政府発足を提言したことです。英ガーディアン紙の報道によると、『各国政府の首相、医学の専門家、国際機関のトップなどからなるタスクフォースを備えた一時的な世界政府』の設立が急務である、と発言したとのこと(Elliot, 2020)。現実離れした話にも聞こえますが、リーマンショックの波からすんでのところでイギリスの主要銀行を救ったダメージコントロールの経験者に言われると、どこか凄みがありますよね。

 世界政府という題材は、小説の世界でもよく使われるテーマです。SFではありませんが、日本の作品だと誰もが知っている『ONE PIECE』にも世界政府という国際機関が登場します。無論SFにもたくさんの例があるのですが、その中でも地球連邦という形態が挙げられます。地球連邦といえば『ガンダムシリーズ』、あるいは『スターシップ・トゥルーパー』、さらなる変わり種でいうと『トップをねらえ!』の地球帝国などもその一種と言えるでしょう。そんな数ある選択肢の中、今回トピックとして選んだイギリスが、日本、アメリカ合衆国とともに地球連邦の主要構成国として、370億人もの人口を擁し、28個の恒星系をまたにかける人類領域の覇権を手に入れた世界があります。ということで今回はそのような壮大な世界観の中で繰り広げられる『地球連邦の興亡』(中公文庫、2015)を紹介したいと思います!

2. 多面的な人類と差別

中央公論新社から出版されている本作は全4巻。そのほか、第1巻の大幅加筆と書き下ろし短編を合わせた『宇宙軍陸戦隊』がある。(出典:中央公論新社

こちらの作品は、多くの読者をヤキモキさせる魅力的な未完の作品を多く残した佐藤大輔にしては珍しく、エピソード4(全4巻)と外伝1巻でストーリーが完結している作品です。(注:完結しているか否かは個人の主観によります)

『地球連邦の興亡』の舞台は、22世紀末、四半世紀続いた異星人との戦争、「第一次オリオン大戦」の最終局面そして休戦の場面に幕を開けます。かつて異星人〈ヲルラ〉がもたらした地球への攻撃により大陸ヨーロッパは壊滅状態に陥り、日米英を中心とする人類勢力は「地球連邦」を発足。辛くも有利な形で「休戦状態」に持ち込んだ人類は、戦後の混乱の中で新たな試練を経験することになります。

敵の攻撃により一時は絶滅寸前に追い込まれた人類ですが、対戦中はクローンによる人口増加政策や戦争資源の獲得政策のもとに一致します。特に経済活動は、戦時特需により、人類の危機を連想させない盛況ぶりを見せることとなりました。しかし、対戦が事実上終結したことにより、その特需がなくなります。そのような情勢の中で経済危機に突入していく植民星系、「ノヴァヤ・ロージナ」をめぐって物語が展開していきます。

不景気により社会の富が目減りするタイミングでは、格差の拡大や治安の悪化による暴動、それ以上の富の流出を防ぐための独立運動など、社会情勢が不安定化するのが世の常です。アメリカ独立やフランス革命といった世界史の大事件も、それに先立つフレンチ・インディアン戦争による財政赤字という文脈で捉えることができます。ノヴァヤ・ロージナでも同様に、貧困が引き金となり格差の拡大と差別が横行していきます。経済危機のただ中にあるノヴァヤ・ロージナで「敵」にされたのは、クローンで作られた人々と日系人でした。

フレンチ・インディアン戦争による負債を解消するため、イギリス政府は一部の貿易業社に紅茶の専売権を認めることで値をつり上げ、税収を確保しようとします。これに対する反動「ボストン茶会事件」がアメリカ独立の発端となりました。

21世紀の半ばに発足した地球連邦は第一次オリオン対戦の中で、兵員の補填を目的としてクローン技術の活用を推進します。またより完成されたクローン技術が戦後賠償として獲得されると、これを用いた減少した人類人口の回復が図られます。ここで問題となるのが、クローン出生者の人権問題です。戦時中には差し迫った危機のもとにうやむやにされていた課題は、戦後一気に表面化することとなります。クローン出生者が目的を与えられた兵士としてではなく民間人として生産されるとなれば、彼らの権利はどこまで認められるのか?同じような議論にAIの権利をどこまで認めるかというようなものもあります。

同様に日系人に対する差別も激しさを増していきます。地球連邦発足の原因となった接触戦争の折、それまでのパワーバランスの一翼を担っていた大陸ヨーロッパが小惑星爆弾の投下により物理的に崩壊します。そこから日英米が覇権を分かつ形で連邦を運営することとなり、大戦下では勢力の一本化が有利に働くものの、水面下では覇権争いに成功を収めることのできなかった中華・インド・スラブなどの国民意識は燻ったままになりました。これに加えて覇権勢力の中でも日系星系には優良な星系が連なり、経済的にも潤っています。絶対的・相対的な格差と国民意識は混ざり合い、かつて連邦の名の下に結束したはずの人類は、ふたたび差別という問題を内側に意識せざるを得なくなります。『人類がいまだにその扱いを学び切れていない経済という妖怪』が作り出した格差は、それまで意識下に眠っていた不満のせきを一気に切って落としました。 

 どこか、現実の世界でも最近欧州のあたりで聞く話に近い気がしますね。今回の場合は単なる人種の差だったり、名前がたまたまコロナくんだったり、経済以外のファクターも多々あるようですが、平時には起こるはずもなかった差別問題がこの危機に際して再び目立ちつつあります。作中の人物曰く、『レイシズムは人間が持つ根源的な欠陥です。ドイツがそれを証明しています。世界の大半は、自分がドイツ人ではないが故にその事実に気づいていないだけで。』というところでしょうか。かつてペストが流行した際には、「黒死病はユダヤ人が井戸に投げ込んだ毒のせいだ」との言われなきデマが原因で多くのユダヤ人が迫害・虐殺されました。幸いにしてここまでの惨劇には至っていませんが、まさか2020年にもなって、本質的に同様の出来事を目の当たりにすることになるとは思ってもみませんでした。

 『地球連邦の興亡』には、この手のフィクションにありがちな地球人類の全体意思というものが存在しません。個々の人、国、星にはそれぞれの背景(家族、階級、民族、歴史など)に紐づいた意思と利害関係があり、それらは決して一括りにして語れるものではない。例えば「日本人」や「中国人」と一口にいっても様々な個人がいるように、この点は現実の世界も同じですね。たとえ人類共通の敵がいたとしても世界政府とは利益共同体であり、抑圧された差別意識は何かのきっかけで簡単に現実に浮かび上がってくるものだということでしょう。

3. 反動と過激化

今年五月、「アメリカ愛国者集会」を名乗る武装した自由主義者らが、ロックダウンを押し進める州の方針に講義するために庁舎前に押し寄せた。(出典:BBC

そのように人類が多面的であり、世界中から貧富の差を無くすには「等しく貧しく」なることである以上、常に政治・経済・思想など何かしらのイノベーションが必然です。そうした変化が期待される中、主人公である南郷少佐は、ノヴァヤ・ロージナ星系で『合法的情報収集活動』という名目の奇妙な任務を開始します。そして南郷は任務を通じ、地球連邦は人類全体に対する愛情表現としてノヴァヤ・ロージナに内乱を欲していることを予感します。終戦により人類結束の揺るぎない建前が消え去った今や、人類はふたたび分裂を指向しているのは必然でした。その中で地球連邦は内乱を事実上黙認し、さらには自らその仲裁を図ることで、国家・民族という強い結束と並行して、地球連邦という体制への不満を払拭しようと画策していると推測されます。果たしてその予感は的中し、遂に発生したクローン出生者に対する差別的殺人事件を皮切りに、ノヴァヤ・ロージナと他の国家間の対立が決定的になり、自然な成り行きから、あるいは陰謀から、もはや旧時代の遺物とされていた「政治団体」が結実していきます。これらの政党は勢力拡大を図るなかで、行動主義の熱狂にかられた若年層を取り込んでゆき、過激化の勢いは誰にも制御できなくなります。始末に負えないことに、彼らは他人からどんな指摘を受けても自分たちの無謬性を信じて疑いません。

現実世界の話でも、アメリカ国内の外出自粛に対して自由主義者らによる抗議デモが開催されるなど、不安が発端になって反動的な政治的イベントが発生していましたね。彼らはきっと本来『戦争が終わったならばあれもしよう、これもしようと言い合ってきた 』ことの前借りをしたいだけなのだと思います。そしてその大部分が、『未来に希望をつなぐためだけに自分たちの言葉を信じ 』ているだけの状態なのでしょう。しかし、これらの運動にはよほど気をつけていないと、コロナ禍が長引いた際にその願望が『なかば宗教教義の域にまで純粋化されること』になりかねないのではないか、と感じています。

4. 「永久戦争」の始まりとコロナウイルス

『地球連邦の興亡』ではプロットに沿った政治的な描写が多い一方で、宗教運動の設定も散見されます。作品の時系列に先立つ第一次オリオン大戦の戦時下で発足した、EOWS(エンド・オブ・ウォー・ソサエティ)という直截きわまりない名の宗教団体。かれらは、死を意識した教義の大衆化という自縄自縛に直面し、そのような状況の打破を目的として政治団体への変貌を試みるも失敗、そして教義の純化に追い込まれていきます。2018年に教祖が死刑になった団体と重なるところがありますね。EOWSはこの変遷の末に、『対異星人戦争は必然的に永久戦争とならざるをえない』という結論に達します。最終的にEOWSでは中核となるほぼ全員が殉教、逮捕された「更生不能」の信者らも前線に投入されて戦死する結果となりました。

 EOWSは、事実として永久戦争に直面していないにもかかわらず、宗教的ドグマをもとにラディカルな結末へと突き進みました。その犠牲は理性的な殉教からは程遠く、パニックに近い反応だと言えるでしょう。しかし今回のコロナ禍はノヴァヤ・ロージナの状況とは異なると言えます。人類は、ペストやスペイン風邪などをはじめとする疫病と長きにわたって戦ってきました。今はまだCOVID-19に関して断言できる状態にはありませんが、例えばインフルエンザなどは季節性の病気となっており、根絶できるものではありません。その場合、必然的に人類は適切な予防を行いながらこれらの病と共生していかなければならないのです。今回のコロナ禍は、コロナウイルスとの戦いが必然的に永久戦争とならざるを得ないことを改めて示したと言えるかもしれません。

 幸いにして我が国の宗教界では、今回のコロナ禍に寄せて仏教(華厳宗、金峯山修験本宗、高野山真言宗、臨済宗)・神道(八幡宮)・キリスト教(カトリック)の幹部が集って疫病退散の祈祷をされたとのこと。まだ理性的な面が残っているようで何よりです

5. 宇宙戦争を待つ「世界政府」

さて、本編の主人公である南郷少佐やノヴィヤ・ロージナがどうなってしまうのかまで全部書いてしまったら、読書の楽しみを奪ってしまうことになりかねません。最後に「世界政府」の一つの形としての地球連邦について触れておくことにしましょう。

本作の連邦政府はそもそも日米英を中心とする海洋国家同盟を端に発しています。高齢化に歯止めがかからずユーラシア大陸の脅威が増す日本や、大陸と一定の距離を保ちたいイギリス、覇権を維持したいアメリカの思惑が重なり、この三国が国連を脱退して地球連邦の前身となる日英米連合を発足します。初期においては国連の残存国家、特に中印などの大陸国家を主力とする国連と対立していました。2049年に異星人との接触戦争が勃発すると、日米英連合は太平洋沿岸の各国に協力を求めるかたちで先進諸国の利益共同体としての地球連邦を創設します。大戦は人類の勝利に終わり、人類は戦後賠償として生体クローン技術、常温核融合、惑星改造技術などのテクノロジーを獲得することとなります。するとインド・中国を軸とする国連勢力は、地球連邦による技術の独占を恐れ、東京・沖縄などを始めとする主要都市に対する核戦争を開始。地球連邦も核による反撃を行い、この地球単位の内戦に勝利をおさめ、体制の刷新を図りました。産みの苦しみどころではない。地球連邦は、『母親の子宮と腹を引き裂いてうまれいでた子供のようなものだったのである 』というセリフがあるように、異星人との戦争という一大事件を経てなお、人類の統一は危うく成し遂げられたということになっています。

 つらつらと色々書きましたが、コロナ禍は相手がウイルスというだけで、事実上の戦争状態と呼べるかもしれません。一時期日本でも非常事態宣言が発令されましたが、例えばポーランド等においては『非常事態という言葉は特別な意味を持っている。すなわちそれは戦争と変わりはない』そうです。ポーランド語で戒厳令に当たる言葉は「スタン・ヴォエンヌイ」と言いますが、これはそのまま『戦争状態』を意味するとのこと。人類はこれまでも、これからも、「永久戦争」という状態を生き抜いていかなければならないという見方を提起した事件として歴史に刻まれるでしょう。

 そして、その戦争状態の解決策としての世界政府というものは、現時点では非現実的なものに違いありません。カントが「永遠平和のために」のなかで諸国連合を提言して200年、また国際連盟が発足して100年を経てなお、現実世界では世界政府樹立の構想は日の目を見るに至っていません。スペイン風邪が大流行した時代にさえ、人類は第一次大戦に明け暮れていたのですから、もし世界政府を作ろうと思ったら、『地球連邦の興亡』のように宇宙人襲来くらいの突拍子もないイベントが必要でしょうね。ブラウン元首相の言う世界政府が実現されても、国際機関と何ら変わりないものになるのではないでしょうか。

以上、『地球連邦の興亡』の紹介でした。とはいえ、2020年にウイルスで地球中がパニックになるなんて予想もしてなかったし(いないよね?)、世間の動きに先んじるためにも、『地球連邦の興亡』を読んでみてはいかがでしょうか。他の佐藤大輔作品も、妙に現実のアレコレとリンクしてたりして、今読むことで何かしらの知見を得られるかもしれません…。あと頭を空っぽにするならば、ゲームなら翻訳として参加されていたSEGAゲー『デストロイ・オール・ヒューマンズ!』もSF的にはおすすめです。

それではさいごに、『地球連邦の興亡 第1巻 オリオンに我らの旗を』より、地球連邦統合艦隊長官による、統合艦隊解散の辞のうち、文中の戦争をイメージする部分を新型コロナ禍の何某かに読み替えてもらい、、コロナ禍が日常に帰した後も読者諸氏が無事生きていくことへの祈りの挨拶としたいと思います。

  『市民に戻った諸官は、人種、性別、出身、出生方式の区別なく、この任務の遂行に邁進せねばならぬ。長きに及んだ大戦で疲弊した社会を復興し、倫理の回復に尽力せねばならぬ。そしてなにより、今次大戦のさなかに生まれた数多くの子供たち、そして若者たちに、この宇宙に戦争以外のよきものが存在することを伝えねばならぬ。いうまでもなく、これは諸官がこれまで経験したなかでもっとも過酷な、意味のある戦いなのである』 それでは、さようなら、皆さん。さようなら。
参考文献

▶︎参考文献
  • 佐藤大輔著「地球連邦の興亡 1」
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<五月零日>

専門分野:SF
『北斗の拳』から『ドラえもん』までをSFに含める、ぐだぐだSFライター五月零日。お気に入りのSFネタでさまざまなトピックを斬る。

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