科学

データ人間を待ち受ける「科学」の罠

著者:君付 龍祐

著者:君付 龍祐

科学を学んでいる身としては目を覆いたくなるような調査結果がある。今年3月に科学技術・学術政策研究所が発表した『科学技術に関する国民意識調査』によると、科学技術に対する関心度が60%を下回ったそうだ (文部科学省, 2019)。これは過去10年間でも最低の水準である。科学者への信頼度はそれよりもやや高く75%という結果となったが、これも過去のデータと比較すると少しずつ低下している印象だ。いったいなぜこのようなことが起こっているのだろうか?今回は科学が抱える様々な問題について考えてみたい。

目次
  1. 正確性の追求が引き起こす科学の複雑化
  2. 複雑な科学も、実は曖昧?
  3. 科学の「あるべき姿」(後編)
  4. アクセシビリティの悪さ(後編)
    参考文献

1. 正確性の追求が引き起こす科学の複雑化

科学の正確さ

科学といえばどんなイメージがあるだろうか。実験や観測からデータを取り出し、それらをもとに目の前の事象の裏にひそむ法則性を導き出すといったところだろう。広辞苑によると、科学は「体系的であり、経験的に実証可能な知識。」として定義されている。加えて、科学的な発見を実証する(確実に証明する)ためには、数値的なデータが大きな意味を持っている(たとえば私が冒頭にて引用した科学者への信頼度も、れっきとした数値データである)。しかし、そもそもなぜ数値やデータといった要素が科学にとってこれほどまでに大きな意味を持っているのだろうか?

それは数値化することで聞き手に対する説得力が上がるからに他ならない。例えば私が経験にもとづいて「科学に関心を持たない人が多くいる」と言ったとしてもほとんど説得力がない。一方で「2019年3月時点での調査によると科学への関心度が59%であり、4割近くの人が関心を持っていない」といえばイメージもしやすく、説得力は格段に向上する。また多くの場合より正確な数字が好まれる。先ほどの例で私は「59%」という数字と「4割近く」という数字を出している。フォーマットを合わせるために59%を「およそ6割」とする事も出来る。しかしあえて「59%」という端数にする事で、調査がきめ細かく行われたということが読者に伝わるだろう。このように科学では、説得力を上げるために、数字による正確な裏付けが求められるのだ。

しかしながら溢れかえるほどのデータを生み出す現在の科学は、正確性を求めすぎるあまり複雑化しているというのも現実だ。Tyler DeWitt氏 (2012) は、TED talkでのプレゼンテーションにて、教育現場でいかに科学が複雑化してしまうかに関して面白い例を挙げている。彼は高校の生物の先生の経験を元に次のように述べる:「科学には真剣さ(正確さ)への執着心がある。」例えばバクテリオファージの繁殖について考えてみよう。高校生や科学を専門としない人たちには「このウイルス(=バクテリオファージ)は、バクテリアに自分のDNAを入れることで、自らのクローンを作らせることができるのだ。」という文章で十分に内容が伝わる。しかしそれを見た科学者たちは正確ではないとして「バクテリオファージの形質転換*は、ウイルス核酸がバクテリアの体内に挿入されることによって引き起こされる」というより「正確な」文に直そうとするのだ。どちらも伝えたいことは同じなのにも関わらず、科学の世界では後者の方が好まれる。しかしその一方で、専門知識のない一般の読者には前者の方がシンプルでより分かりやすいだろう。そもそも、専門的に学びたければ大学などで複雑なメカニズムを学べばよいが、一般の知識としては前者の簡単な解釈で十分だろう。むしろ正確性を求めすぎるあまり、科学者の話に一般の読者がついていけなくなることの方が大問題ではないだろうか。

データが溢れていること自体が一つの問題にもなりつつある。これまでの科学では仮説を立て、実験等を通してデータを得ることが当たり前だった。しかし情報化の進んだ現在では逆も可能となっている。多くの研究では、仮説を立て、データを集めるという流れに変わりはない。しかし、同時にただ溢れているデータの中から都合の良いものだけを選んで報告するというようなこともできる。研究論文の形をとっている限り、正規の手順を踏んで行われた研究との違いを見つけることは難しい。さらにひどい場合には、データを元に仮説(もはや仮説とは呼べないが)を立てて実験し、その結果が実証されたように見せかけることも可能だ。このことを示す例として、2004年に発表された次のような論文が挙げられる:「コウノトリ理論に新たなエビデンス」(“New Evidence for the Theory of the Stork” )。この論文では、在宅での出生率とコウノトリの数との間の相関を示すデータが報告された。

コウノトリと在宅出産の相関グラフ

コウノトリの数(黒)と在宅出産件数(白)との相関グラフ。もちろん、そのような事実は存在しないが、データだけに注目すると関連があるように見えてしまう(Blackwell publishingのオープンソース論文より引用)。

実は、この論文は冒頭に「低質な文献とデータの偶然の一致が都市伝説や噂を科学的に裏付けることがあることを示すためのもの」とのことわりがつけられている。つまりこの論文は、データへの過信に警鐘を鳴らすための目的で意図して作られたものなのである。しかし、現実の世界でこのように表面的なデータが意図せず取り上げられ、偽の情報が出回る可能性は大いにある。またあえてこの手法を使い、嘘の情報をあたかも科学的に裏付けられているかのように書こうとするというようなケースも十分に考えられる。このような「科学」は「疑似科学」(Pseudoscience)と呼ばれており、大きな課題となっている。

このように科学では正確性を求めるあまり難しくなりすぎたり、その複雑な表現をカモフラージュにした虚偽の情報が出回ったりしているのだ。このことは、現在の科学が親しみやすさに欠け、信頼が落ちている理由の一つではなかろうか。

* 「形質転換」 (Transformation)とはウイルスがDNAをバクテリアなどの細胞内に挿入する事で、ウイルスのDNAを元に彼らの子孫をバクテリアに作らせる事である。あたかも通常のバクテリアがウイルス製造機に変化(=Transform)したように見えることからこう呼ばれている。

2. 複雑な科学も、実は曖昧?

正確さと曖昧さ

科学があまりにも正確性を求めすぎているということは確かに問題だ。しかし、皮肉にも科学には、正確性を求めるからこそ非常に曖昧な一面がある。広辞苑の言葉を再び借りれば、これは科学が「経験的に実証可能」であることに起因している。つまり、科学は目の前に現象を実証することに長けているが、その裏を返せば現象として起こっていること(=経験)しか実証することができないのである。

例えば誰かが「UFOを目撃した」と証言したとしよう。あなたは目撃証言や画像を科学的に分析することで、それがUFOであるか否かという判断を下すことができる。しかしどれだけたくさんのUFO現象を検証しようとも、UFOが存在する・しないと言い切ることは論理的に不可能である。たとえばあなたが自らの経験から、UFOは存在しないと考えているとしよう。この仮説を証明するためには、存在する全てのUFO証言を科学的に否定する必要がある。しかし、仮にあなたがそうしたとしても、UFOが確実に存在していないということを証明することはできない。なぜならUFOが0.000…001%でも存在しているという可能性、あるいは確実な証拠が単にまだ発見されていないだけという可能性を無視することはできないからだ。科学は正確性が全てである。そのためには目の前の現実が否定されうる余地を必ず残しておかなければならず、「〜が存在しないこと」を証明することはできない(悪魔の証明)。唯一UFOの存在を証明することができるのは経験として起こった場合、つまりUFOが実際に現れた場合のみである。

もう一つの例として神の存在を挙げてみよう。宗教的な考えに従えばもちろん神の存在は肯定することになるし、逆に哲学の世界では否定されている(詳しくは松尾氏の記事を参考にしていただきたい)。一方、科学的に最も適切な回答としては、「わからない」という一言に尽きる。どれだけ神が存在する・しないという証拠をかき集めたにせよ、神が存在するかどうかという問題に対しては、本当に神が現れるまで決着しないと言わざるを得ない。すなわち、ある意味で科学には物事の本質に迫る力がないということだ。

しかし誤解すべきでないのは、これは決して、科学者は科学的に実証されたこと以外に個人的な見解を持ってはいけないという意味ではないということだ。むしろ個人的な見解を持つことは仮説を立てることを助けることができるため、科学を進歩に導くとも言える。ただ、そのような見解をあたかも実証された真実であるように語ったり、他人に押し付けたりしてはいけないという条件も付けておかなければならない。すぐに真実を断言することはできないが、他人の意見を尊重しながら、物事の本質にできる限り近づく。これが科学の本当の役割である。

この科学の性質を理解していない人たちには、「正確で曖昧」な科学が矛盾を抱えているように映るかもしれない。このような不完全な認識が、科学をより複雑なものにしていると言えるのではなかろうか。

今回は、正確さを求めるという科学の本質が引き起こす問題について紹介した。次回の記事では、現代科学の構造的な問題をピックアップしていこうと思う。

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この記事の投稿者情報

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君付 龍祐

専門分野:古生物学・サイエンスコミュニケーション
カナダ、アルバータ大学の生物進化・環境・生態学科を経て、同大学の古生物学科に在籍。高校時代から古生物学の研究を行う。

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