化石の時代を映し出す古生物学 〜生態学〜


Preface

近年、恐竜の化石の発見が相次ぎ、「古生物学」という学問が多くの人に注目されるようになってきた。筆者自身もその古生物学を学んでいる一人だ。しかしひと口に古生物学といっても、そもそもこれはどんな学問で、何を目的としているのだろうか。今回は古生物学とは何かについて掘り下げていきたい。

1. そもそも古生物学とはどんな学問か?

よくある誤解に、古生物学と考古学とをないまぜにすることが挙げられる。しかしこれらは全くの別物であるということを指摘しておかなければならない。同じく古生物学=恐竜学という考えられがちだが、決してそうとも限らない。簡単に言ってしまえば、古生物学とは文字通り古い(=昔の)生物の研究である。このことから恐竜学は古生物学に含まれ、また古生物学は恐竜学よりもはるかに多種多様な生物を扱う学問だと言える。一方の考古学で焦点が当たるのは、遺跡や遺構などに代表される人類の文化である。特に近年では民族差別を防ぐため文化と生物学を分けて考える傾向にあり、古生物学と考古学は全くの別物として扱うのが一般的である。特殊な例として昔の人類や霊長類の生物学的な研究を行う場合、「古人類学」として分けて考えられる場合があるが、どこから古人類とするのかという明確な線引きは存在しない。いずれにせよ、昔生きていた生物についての学問が古生物学なのだ。

どのような生物を扱うにせよ、昔の生物を知るためには手がかりとなる化石がなければ話を先に進めることはできない。化石とは、昔の生物の死骸や生きた痕跡が石となって保存されたもののことである。化石といえば古代生物の骨や貝、サメの歯などを思い浮かべる人が多いと思う。これらの骨や殻、歯などは地面に含まれる鉱物と同じ成分でできている*。石と同じように振る舞うこれらの物体は地層の中の環境でも長期間保存されやすく、化石として見つかりやすいのだ(実際にはこれらの成分はより安定した鉱物に置き換えられることが多い)。よく見落とされがちなものだが、生物の硬い部位が残るケースとして、卵の殻や石灰質・ガラス質の殻を持つプランクトン、強力なポリマーを持つ植物なども挙げられる。

クロムによって繊維が置き換えられた木の化石。(引用元:Twitter

また条件が良ければ、柔らかい部位が化石として残ることもある。これらは多くの場合、「印象化石」と呼ばれる状態で見つかる。印象化石とは、生物の体が時間とともに溶け、周りの石にその形が残ったもののことである。つまり生物の体そのものは残っていなくても、その生物がどのような形をしていたかというヒントを得ることができる。北アメリカをはじめとする地層が安定した場所では、このような化石が壊れずに保存されやすく、殻などを発達させる前の生物の姿を閉じ込めた印象化石が多数出土する。

さらに保存状態が極めて良い化石には、細胞などの軟らかい組織がそのままの状態で保存されているケースもある。これらの化石はまだ研究が進んでおらず、今後の新たな発見が期待されている。その他の稀な化石には、琥珀の中に生物の体が閉じ込められているものなどもある。琥珀は古代の樹液が石になったもので、映画「ジュラシックパーク」の筋書きは、琥珀の中に閉じ込められた蚊から、恐竜の血液が発見されるところから始まる。虫がその中に入ったものがよく見られる一方で、ごく稀に脊椎動物(トカゲや鳥など)が見つかる場合もある。

魚の印象化
石琥珀の中に閉じ込められた蚊(引用元:Science Friday, Photo by George Poinar Jr.)

一方で、化石は生物の体そのものとは限らない。「生痕化石」と呼ばれる化石は、生物の体ではなく、生物が住んでいた痕跡の化石である。実は、生痕化石からしか分からないこともたくさんある。有名な生痕化石の例といえば生物の足跡の化石だろう。足跡の化石からはその生物の動きかただけではなく、骨だけではわからない足の形や、どのような速さで動いていたのかといった情報も得ることができる。足跡以外にも、巣穴や糞なども生痕化石として見つかる。

さて古生物学にとってこのような様々な化石が重要な資料となるのは明らかだ。しかし、ただ化石があるというだけでは古生物学の研究を行うことはできない。実際に化石の研究を始める前に最も大切なのが化石の属性を明らかにすることだ。属性といってもあまりピンとこないかもしれないが、一度英語に置き換えるとわかりやすいかもしれない。英語の “context” (コンテクスト)という言葉は、ある事がらの前後関係や文脈を意味する。化石を調べる際にも、このコンテクストを調べることが重要となる。つまりその化石がいったいどのような環境で、どのような経緯を経て化石となったのかということをひもといていかなければならない。そのためには、まず地学の知識が不可欠となる。化石からわかる生物としての特徴と、その属性からわかる地学的な特徴を組み合わせることで、初めてその生物を歴史の流れの中でとらえることができるのだ。その研究内容は多岐に分かれるが、主に生態学・系統学・環境学の3つに分けて説明したい。

*骨や殻、歯などはバイオミネラリゼーション(Biomineralization)という過程を経て、生物が鉱物を意図的に作ったものである。自然界では決まった形の結晶として成長する鉱物を生物が思い通りの形に作る非常に興味深い手段である。

2. 生態学: 古生物の生き方を解き明かす

水辺に生息したワニの生態の予想イラスト(引用元:Species New to Science, Illustration by George A Gonzalez / UZH)

昔の生物が化石となって目の前にあれば、そのエキゾチックな生物がどのような生活をしていたのかを知りたくなる。そのように生物の生活を解き明かすのが生態学だ。生態学では、化石だけが頼りとなる。そのため全身がきれいにそろったままの化石が出るのが最も好ましいが、一部だけであってもそこから分かることはたくさんある。例えば歯の形やそのすり減り方を見れば何をどのくらい食べていたのかを知ることができ、骨盤の形を見れば性別や判別したり年齢を予想したりすることもできる。数本の骨だけでなぜ種類や性別が判定できるのか不思議に思う方もいるかもしれないが、骨という体のパーツは思っている以上に多くの情報を与えてくれる。それだけで「骨学」という分野として確立されている分野なのだ。そしてもちろん、さきに紹介した生痕化石からも様々な情報を受け取ることができる。先述の通り足跡の化石からは生物の行動パターンが分かる。また巣穴の構造やその周りの地層などを見れば、その生物が生活していた環境を知ることができる。このように、わずかな化石に残された情報を解明するのが生態学の役目である。

現在生きていない生物の生態を調べてどうするのかと思う人もいるかもしれない。しかし現生の生物と古生物とは、祖先・子孫の関係でつながっているということを忘れてはならない。私たちの目の前にいる生物たちはいつ・なぜこのような姿になったのか。またなぜ古生物は現在まで生き延びることができなかったのか。これらの謎を解き明かす生態学は、決して現在の生物と無関係とは言えないのだ。

それだけではない。古生物学が将来的にもたらす可能性の一例として、生物模倣(バイオミミクリー)への応用が挙げられるだろう。

カモノハシのクチバシを模した新幹線の先端
ハヤブサのフォルムを模した全翼航空機(引用元:NERD Inc

生物模倣とは生物のさまざまな生態を科学技術に応用するというものだ。例として新幹線の形状が挙げられる。新幹線の先端は空気抵抗を減らすため、水中を飛ぶように泳ぐカモノハシや、しぶきを上げずに飛び込むカワセミのくちばしを参考にしている。また電気を受け取るパンタグラフも空気抵抗を減らすため、音を立てずに飛ぶフクロウの翼の形を参考にしている。この数百年の間に急速に発展した人類の科学技術とは異なり、生物は数億年もの期間をかけて環境に最も適応した形に進化してきた。そしてそれは多くの場合エネルギー効率が良いように作られている。なぜなら限られたエネルギーを効率よく使うことができれば、余ったエネルギーでより多くの子供を残すことができ、生存の可能性が大きく増えるからだ。シミュレーション技術が発展してきた現在では生物模倣の必要性はないように思えるかもしれないが、ものづくりをゼロから始めるのとヒントがある状態から始めるのでは大きな差がある。古生物に目を向けてみれば今では考えられないような奇妙な形をしたものや、想像を絶する大きさを誇っていたものが多く見られる。エネルギー問題を抱える現代社会がブレークスルーを起こすための鍵は、とうの昔に姿を消した古生物が握っているのかもしれない。

今回の記事では古生物学は何か、そして大きく3つに分けられる古生物学の研究内容の一つに注目した。次回の記事では残り二つの研究内容を掘り下げ、どうすれば古生物学を学べるのかを掘り下げていこうと思う。

君付 龍祐
君付 龍祐

専門分野:古生物学・サイエンスコミュニケーション
カナダ、アルバータ大学の生物進化・環境・生態学科を経て、同大学の古生物学科に在籍。高校時代から古生物学の研究を行う。

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